IT業界の多重下請け構造|17万件の実データで見る「中抜き」の実像
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- Qasica 編集部
多重下請け構造の問題点は、「中抜きされる」「エンジニアに金が回らない」と 語られることが多い一方で、実際にいくら変わるのかを数字で示したものはほとんどありません。 この記事では 実際に流通している案件・要員データで検証します。 結論から書くと、出てきた数字は直感とは逆向きでした。
多重下請け構造とは
エンドユーザーが元請けに発注し、元請けが協力会社に出し、その協力会社がさらに別の会社に出す。 この連なりが何段にもなっている状態です。IT 業界では商流という言葉で日常的に扱われます。
なぜ生まれるのか
- 必要な人数と技術を、1社で揃えられない — 大規模案件で 30 人必要なとき、自社だけで揃う会社はほとんどありません
- 発注側が取引先を絞りたい — 50 社と個別契約するより、元請け 1 社に任せるほうが管理コストが低い
- 与信と支払いサイト — エンドユーザーが小さい会社と直接取引しない方針の場合、間に会社が必要になります
- 案件と要員のタイミングが合わない — 自社に空き要員がいないときは他社から探すことになり、そこで1段増えます
つまり構造そのものには合理性があります。 問題は段数が増えすぎたときに起きることのほうです。
実データで見る中抜きの実像
SES 事業者間で流通している要員情報のうち、所属と単価の両方が分かるものを集計しました。 所属は提案元から見て「自社社員」「1社先(協力会社の社員)」「グループ会社」に分かれます。
| 所属 | 件数 | 25% | 中央値 | 75% |
|---|---|---|---|---|
| 1社先 | 45,435 | 60万 | 70万 | 80万 |
| 自社社員 | 110,031 | 55万 | 67万 | 80万 |
| グループ会社 | 7,136 | 45万 | 55万 | 65万 |
経験年数の差が混ざらないよう、5〜10年の層だけに絞ると差がはっきりします。
| 所属 | 件数 | 中央値 |
|---|---|---|
| 1社先 | 12,742 | 70万円 |
| 自社社員 | 23,996 | 65万円 |
| グループ会社 | 1,185 | 55万円 |
この数字の読み方
一見すると「1社先のほうが高い=中抜きされていない」ように見えます。そうではありません。
ここでの単価は提示単価、つまり要員を提案する会社が「この人はいくらです」と 出している金額です。協力会社の要員を提案するとき、提案する会社は自社のマージンを 乗せた金額を出します。だから提示単価は上がります。
言い換えると、この数字が示しているのは次のことです。
同じ 5〜10年の経験を持つ要員でも、自社社員なら 65 万円、 1社挟むと 70 万円。発注側は同じ経験年数の要員に対して、 1段深くなるごとに約 5 万円多く払っている。
そしてその 5 万円は、エンジニア本人ではなく間に入った会社に渡ります。 これが中抜きの実像です。発注側から見れば割高になり、エンジニア側から見れば 同じ金額の案件でも手元に残る額が減ります。
集計日 2026年9月19日/単価が 20〜200万円の範囲にある要員に限定。この数字で分からないこと:エンジニア本人の給与(所属会社の取り分は含まれません)、 商流が2段以上深い場合(データ件数が少なく比較に足りません)、 技術スタックによる差(今回は経験年数のみで揃えました)。
公取委の実態調査が見ているもの
この構造については、公正取引委員会が2022年にソフトウェア業2万1000社(資本金3億円以下)を対象にした実態調査を 公表しています。単価ではなく「取引でどんな経験をしたか」を聞いたもので、 本調査の金額の数字と補い合う内容です。
| 立場 | 「感じたことがある」 | 回答数 |
|---|---|---|
| 全体 | 25.9% | 4,346 |
| 元請 | 18.5% | 1,711 |
| 中間下請 | 29.2% | 1,690 |
| 最終下請 | 33.5% | 945 |
下に行くほど「中抜き」を感じる割合が上がります。 元請の 18.5% に対し、最終下請では 33.5%(3社に1社以上)。 同じ調査では、下請法の禁止行為に該当すると考えられる経験として買いたたき 15.7%、不当な給付内容の変更 14.2%、 下請代金の減額 13.5% が挙がっています。
公取委は報告書の中で、不要な「中抜き」事業者の存在は多重下請構造の多層化を深め、 独占禁止法・下請法違反行為を誘引・助長するおそれがあるとして、サプライチェーンのスリム化を業界全体の課題に挙げています。
本調査(単価)と公取委調査(取引経験)は母集団も設問も違うので、 直接つなげて計算はできません。ただし「深いほど取り分が削られる」という方向は両者で一致します。 金額で見た +5万円と、最終下請の 33.5% は、同じ構造を別の角度から測ったものです。
何が問題になるのか
発注側:同じ人材に割高を払う
上の数字のとおりです。段数が増えるほど、同じスキルに対する支払額が上がります。
エンジニア側:単価が上がっても手取りが増えない
案件単価が上がっても、間の会社の取り分が増えるだけで本人に届かない構造になります。
情報が劣化する
案件情報は転送されるたびに要約され、必須スキルや作業内容の記述が削られます。 面談してから「聞いていた話と違う」が起きる原因はここにあります。
責任の所在が曖昧になる
誰が指揮命令しているかが見えにくくなり、偽装請負のリスクが上がります。
違法になる線はどこか
多重下請け構造そのものは違法ではありません。準委任契約が連なっている限り、間に会社が入ること自体は禁止されていません。
違法になるのは次の2つです。
- 二重派遣 — 労働者派遣で受け入れた人を、さらに別の会社に派遣すること
- 偽装請負 — 契約は準委任でも、実態として発注者が直接指揮命令していること。 判断基準は 37号告示 に定められています
脱却できるのか
「多重下請けをなくす」という話は繰り返し語られますが、 前述のとおり構造には合理性があるため、業界全体で消えることは考えにくいです。 個社でできるのは段数を減らす努力のほうです。
- 直接取引できる相手を増やす — 今回の集計では案件の92.8%が「貴社まで」を条件にしています。 直接取引先が増えるほど提案できる案件が増えます
- 自社要員の比率を上げる — 1社先の要員は提示単価が高くなるぶん、価格競争で不利になります
- 情報が劣化する前に取る — 転送を経た案件情報は条件が欠けています。一次情報に近いところで受け取る
よくある質問
多重下請け構造は違法ですか?
構造自体は違法ではありません。準委任契約が連なっている限り、間に会社が入ること自体は禁止されていません。違法になるのは、労働者派遣の形で会社を挟む二重派遣と、指揮命令の実態が契約と食い違う偽装請負です。
何社まで挟まれることが多いですか?
今回の集計では、商流条件を指定している案件の92.8%が「貴社まで」で、間に会社を挟む提案を受け付けていません。つまり案件を出す側は商流を絞る傾向が強く、深い商流は「受け入れ側が許容している場合に限り成立する」といえます。
中抜きされるとエンジニアの手取りは下がりますか?
間に入る会社がマージンを取るため、エンドユーザーの支払額に対してエンジニアの所属会社に入る金額は下がります。ただし、この記事で扱うデータは提示単価であって、エンジニア本人の給与ではありません。本人の手取りは所属会社の取り分によって決まります。
参考にした公的統計・法令
本文の数字のうち、公的統計と比較できるものは下記を参照しています。 リンク先はいずれも発行元の原典です。
- 公正取引委員会「ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書」
- 「中抜き」事業者の存在を感じたことがある 全体25.9% / 最終下請33.5%(n=4,346)
- 買いたたきに該当すると考えられる経験がある 15.7%
資本金3億円以下のソフトウェア業2万1000社へのアンケート
- 厚生労働省「令和6年度 労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)」
- 派遣料金(8時間換算)の平均 26,257円(前年度比 +3.6%)
- 派遣労働者の賃金(8時間換算)の平均 16,735円(+3.4%)
- 年間売上高 9兆9,005億円 / 派遣労働者 約220万人
全業種の派遣が対象。SES に多い準委任契約は含まれない
- 厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査(産業別にみた賃金)」
- 情報通信業の賃金 40.6万円(男女計・年齢計、前年比 +3.8%)
- 同 平均年齢 40.2歳 / 平均勤続 12.3年
所定内給与額。本人の給与であり、取引上の単価ではない
商流条件で弾かれる提案を減らす
Qasica は案件メールから商流条件を読み取り、手元の要員の所属と突き合わせて 提案できる組み合わせだけを残します。
関連記事:商流とは / SESエンジニアの単価相場 / 偽装請負とは
このコラムを書いている Qasica について
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